父と娘、ふたりでの「親子飲み」に密着し、お話を聞かせてもらう本連載も4回目。
今回お話を聞かせてもらうのは、「最近ようやく良い距離感になってきた」という、現在助産師として東京で働く育美(いくみ)さんと、父・芳照(よしてる)さんのお2人。
娘・育美さん
都内で助産師として勤務。「思春期以来、両親への愛情や感謝の気持ちはあるものの『お父さんが苦手』という気持ちを引きずってきた。上京や就職をしたことで少しずつ歩み寄れるようにはなってきたけど、二人で飲むのは未経験」と少々不安もある様子。
父・芳照さん
システム系エンジニアとして第一線で業務に取り組みつつ、後輩エンジニアの育成にも積極的にかかわり、キャリアコンサルタントの資格も取得するほどのパワフルさ。長野県に単身赴任中ですが、今日は都内で開催された講演会に参加後、親子飲みに来てくれました。
茨城県の水戸にある実家で、年の近い兄と弟を持つ真ん中っ子として生まれた育美さんは、意思の強いタイプ。思春期を迎えたころから、家長であるお父さんと対立することも多かったそう。18歳のときに上京して約10年経った今、ようやく関係性が安定してきたと言います。
「こういう機会でもないと、2人で飲むことなんてなさそうだから……」と、ちょっぴりぎこちない乾杯と共に始まった今回の親子飲み。一体どんな会話が繰り広げられるのでしょうか。
お父さんとは、顔を合わせると喧嘩ばかりしていた
育美さん「お父さん、最近柔らかくなってきたよね」
お父さん「昔は顔を合わせると喧嘩ばっかりしてたもんなぁ」
育美さん「うん。昔を思い出すと、怒られてるか喧嘩してる記憶しかない(笑)」
お父さん「マナーとかにはうるさかったよね。特に挨拶。『おはようございます』とか『いただきます』『ありがとう』とかね。ちゃんと挨拶しないと『ありがとうは?』って注意してた」
育美さん「あと、よくチャンネル争いしてた」
お父さん「見てるのに、育美が勝手に切り替えちゃうんだもん。あと、家族で外食するときにどこのお店に行くかで揉めたこともあったね。車の後部座席で兄弟喧嘩してさぁ。なかなか決まらないから、今度は俺が怒って車降りたりして(笑)」
育美さん「なんで最近はあんまりうるさく言わなくなったの? 歳のせい?」
お父さん「人との関わり方といろいろ学んできたなかで変わってきたのかもしれないけど……、育美も、もう一人の大人だし、同等に扱いたいなぁっていう思いはあるよね。意見が違っても『そういう考え方もあるよね』みたいな。そういう風にされてるの、感じるでしょ?」
育美さん「うーん、まぁそうかもしれないね(笑)。昔より会話が成り立つようにはなったかな」
助産師になることに一度反対したのは、娘の「本気」を見たかったから
3人きょうだいの真ん中、唯一の女の子だった育美さんを大切にしながらも、厳しい姿も見せながら育ててきたというお父さん。
育美さんは高校卒業・大学進学を機に東京で一人暮らしを始めたということですが……。
育美さん「私が一人暮らしを始めるときには、あんまり反対しなかったよね」
お父さん「そうだねぇ。心配もそんなにしてなかったな。育美のことだから、壁にぶつかったりしてもなんとか頑張るだろう、と思ってた。お兄ちゃんと弟もまだ学生だったし、とにかくその時期はお金を稼がないといけなかったから、寂しさを感じる余裕もなかったと思う」
育美さん「『助産師になりたい』って伝えたのはいつだったっけ?」
お父さん「もともと助産師になりたがってるのはお母さんからなんとなく聞いてたけど……、きちんと認識したのは、『専門の学校に進学したい』って言われたときじゃない?」
育美さん「その話をしたのは覚えてる。車のなかで、お父さんとお母さんがいるときに『どうかな』って聞いてみたんだよね。そしたらお父さんに『大変だよ、やめなよ』って言われて」
お父さん「そのときは、あえて反対したんだよ。育美たちのやりたいことは、基本は全力で応援するつもりだけど、応援していく上でも『どれだけ腹をくくってるのか』を知りたいからさ。だから最初はプレッシャーをかけるの。本気なら、1回や2回反対されても気持ちが変わらないはずだからね」
育美さん「変えなかった結果、今は助産師になっていると(笑)」
お父さん「それが一番、育美にとってやりたいことだったんだよね」
結婚の話は「まだ聞きたくない!」
育美さん「最近は家族で集まると、お母さんから『いい人はいないの?』ってよく聞かれるんだよねぇ」
お父さん「父親としては複雑な気持ちだよね」
育美さん「一回、『紹介したい人がいる』って言ったら『やだ』って言ってたもんね(笑)」
お父さん「それはほら、育美が自分のやりたい仕事を始めて間もないころだったじゃない。だからそっちを極めてからにしてほしいなって……それにまだ若かったし……(ごにょごにょ)」
育美さん「あのとき26歳だったでしょ、若すぎるってことはないよ!(笑)」
お父さん「まぁ、本心はそれじゃない理由があるかもしれないんだけどね、うまく言語化できないけど……」
育美さん「結局、その人との関係も、会わないまま終了しちゃったよ(笑)」
お父さん「いやぁ、会わないで済んで良かった〜」
育美さん「変な人だったら心配になるから?」
お父さん「心配とかそういうんじゃなくて……、嫌なの!(笑)」
お父さんと似ているのは「頑固なのにすぐ忘れるところ」
ここからは、編集部が事前に作成しておいた「でれぽか指令カード」が登場。封筒の中のカードに、ランダムでお父さんや娘への指令が書かれています。
2人だけだと恥ずかしがって話せないことやできないことを、このカードで引き出してみましょう。
Q. 育美さんとお父さんの似ているところ
お父さん「やっぱり一番似てるのは顔じゃないかな?」
育美さん「子供のときはよく言われたよね。でも、大人になってからはお母さんにも似てるって言われるようになったよ」
お父さん「性格は、2人とも頑固かな。お互い、『ごめんなさい』ってなかなか言わなかったよね」
育美さん「でも、一晩寝たらケロっとしてるところも似てた(笑)」
お父さん「そうそう。時間をおけば、『ま、いっか』ってなっちゃうの(笑)」
Q. お父さんのいいところを5つ教えてください
育美さん「そうだなぁ……。あ、今の歳になっても資格をとったり、新しいことに挑戦したりしてるのはすごいと思う。自分だったらできる気がしないもん」
お父さん「それは、何かあったときに育美たちを支援してあげたい、って気持ちがあるからだよ。あとは、キャリアコンサルタントって仕事柄、『人は何歳になっても成長できる』ってことを自らの姿で育美たちや後輩たちに示したい、っていう気持ちがあるよね」
育美さん「あとは、子供3人育てるのってすごいと思う。特に経済面! お母さんが私の年齢のときには、もう私を産んでたんだよね。私も子供はほしいけど、自分が親になる想像はまだできないなぁ……」
お父さん「子供3人育てて、家も建てたしな(ドヤ顔)」
育美さん「3つ目は……なんだろう。う〜ん……」
お父さん「ちっちゃいことでいいから!」
育美さん「ちっちゃいこと……『だいたい健康』?」
お父さん「そうだよねえ、あんまり大きな病気してないもんね」
育美さん「4つ目……『几帳面』?」
お父さん「『気遣いができる』ね」
育美さん「あははは、気遣い(笑)。 じゃあ次、5つ目は……、そうだなぁ……なんだろうなぁ……」
お父さん「俺、向上心はあるよね?」
育美さん「いつの間にか誘導されてる! 自己申告制なの?(笑)」
育美さん「え〜、これけっこう難しい。お父さんは私のいいところ5つ言える?」
お父さん「言えるよ。(1)頑張ってる、(2)いい意味で負けず嫌い、(3)自分の夢をしっかり持ってる、(4)それに向かって具体的な行動をしている、(5)周りに対して優しさを持っている。それに、子供たちの相手がすごく上手だよね。小さい子の心を掴むのがうまい!」
育美さん「めっちゃ出てくるの早い(笑)」
お父さん「あとね、『笑顔が可愛い』。作り笑いじゃなくて、心から出てくるような笑い方をするよね」
育美さん「こんなに褒められることってある?(笑)」
お父さん「面と向かって言うことはないからね。お母さんと2人のときに話をすることはあるよ。『育美は偉いよね』って」
育美さん「そうだったんだ?」
思いを込めて付けた名前を、誇れる生き方をしてくれて嬉しい
Q. お父さんとの思い出で一番記憶に残っていることは?
育美さん「就職祝いに時計をもらったときかな、そういうのもらったことなかったから」
お父さん「ナースウォッチね。その箱の中に、父親としての思いをこめた手紙も入れて送ったよな」
育美さん「あれさ、箱を開けたときは気付かなくて、何週間か経ってから気付いたんだよね」
お父さん「内容覚えてる?」
育美さん「ぼんやりと……(笑)。たしか、『就職おめでとう』みたいなのと、私の名前の由来が書いてあった、気がする。ふふふ。なんて書いてあったっけ?」
お父さん「もう〜! いい? こう書いてあったの。
ひとつは、『育美が自分のやりたいことを実現してくれて嬉しいよ』。お父さんはエンジニアとして、育美は助産師として、一緒に世の中に貢献できることが嬉しい、ってこと。もうひとつは“育美”って名前の由来について。普通なら『美しく育ってほしい』みたいな意味だと思うんだけど、実はそれだけじゃないんだよね」
育美さん「ああ〜、そんなようなことが書いてあったね」
お父さん「『育』って、『育む(はぐくむ)』っていう字でしょ。うちの一族では育美が唯一の女の子だったこともあって、『女性であるあなたは、命を生み育むという素晴らしい力、特別な能力をもって生まれた子なんだよ』っていう思いを込めてこの名前を付けたの。『そんな思いで名付けたあなたが、出生にたずさわる仕事についたのが嬉しい』みたいなことを書いたと思う」
育美さん「いい話だった!」
お父さん「名前をつけるって、親が子供にしてあげられる最初の大仕事だからね。たとえ、ほかの人に名付け親をお願いするにしても、自分の子供に対するいろんな思いがあってお願いするものだと思うの。だから、育美がその名を誇れるような生き方をしてくれてることが嬉しかったんだよね」
そんなところで、第4回親子飲みは終了。
似た者同士だからこそ、近づくと反発し合う。
長らく2人が対立してきた原因のひとつは、お父さん譲りの「意思の強さ」だったのかもしれません。
そんな2人が今、仲良くお酒を飲む関係になれたのは、その強さを、育美さんが夢を叶える力に変え、お父さんがそれを応援してくれたから、なのではないでしょうか。
照れもあってかお酒がどんどん進み、帰るころにはお父さんの顔はほんのり紅潮していました。一方、育美さんの顔色には変化なし。お酒の弱さはお父さんに似なかったようです(笑)。
取材・編集/坂口ナオ+プレスラボ
写真/飯本貴子