「親に迷惑をかけないこと」

10代の頃は、なにをするにも自分で勝手に決めたこのルールがついてまわった。そして、それを守ることが親孝行になるとも思っていた。

三姉妹の末っ子として生まれ育ったわたしは、常に「いい子」であろうとした。
それは、とても自由な姉たち(すくなくとも、当時のわたしにはそう見えた)の影響もあるかもしれない。

しかし思春期はだれにでもやってくる。もれなく、反抗期も一緒に。

ある日突然、親を、とくに父を避けたくなる感覚に気付いた。なんとなく喋りたくなくて、なんとなく距離を取りたくて、なんとなく洗濯物は別がよくって。
でもわたしは、それらをぐっと堪えた。だって、そんなことをしたら両親が悲しむと思ったから。
わたしが冷たく接することで、彼らに悲しい顔をさせてしまったり傷つけたりするほうが、ずっとずっと嫌だと思った。

勉強は得意なほうではなかったけれど、親に迷惑をかけない程度にはがんばった。
学費の高い私立高校は、そもそもの志望校リストにあがることもなかったし、受験料すらもったいないと感じていたわたしは「すべり止め受験」もしなかった。
高校受験のことで気を揉ませたくなかったから、公立校の推薦受験をして、進学レースからは早々に離脱したのだった。

これが当時の、10代のわたしなりの親孝行だった。

高校生になる頃にはすっかり反抗期は過ぎ去っていて、なんなら父親との関係は以前にも増して良好になった。きっかけなんてない。なんとなくはじまって、なんとなく過ぎていった、わたしの反抗期。

20代になると、親元を離れて一人で暮らしている分、はやく経済的に自立することで親を安心させたかった。
両親の誕生日はもちろんのこと、母の日、父の日、バレンタインデーやクリスマスなど、あらゆる節目になにかしらのプレゼントを贈ることで「生活には困っていないよ、心配しないで!」というアピールをしていた。つもりだった。

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30歳という一つの節目を目前にした今、ふと考える。

これって本当に、親孝行になっていたんだろうか?
両親は、そんなわたしを「いい娘」だと思ってくれているのだろうか?

考えてもキリがないので、直接聞いてみることにした。

まずは父から。

画像1: 親孝行エッセイ「親孝行ってなんだ?」きむらいり

思っていた通り、父はわたしの反抗期の存在に気づいていなかった。すこしほっとする。
「親孝行」について聞いてみたら、文字に起こすのも照れてしまうような言葉が返ってきた。

「あなたたちの(親孝行)ってことなら、健康で安定した家庭と生活」

「父さんは、あなたたち3人がオギャーと生まれた顔を見た時から、この子になにかあったら命に代えても守るという思いで来たし、これからもそうですよ!」

なんともロマンチックで、父らしいなと思った。
うちの父は昔から、こういうことをサラッと言ってくる。実際にはすこし照れた顔をするんだけど、躊躇はない。
わたしは父に似ているから、いつかおなじような場面に出くわしたら、きっとおなじようなことを言うんだろうな。

すこし遅れて、母からも返信がきた。

画像2: 親孝行エッセイ「親孝行ってなんだ?」きむらいり

どうやら母に言わせれば、わたしの反抗期なんて「気にもとめてられないレベル」で小さかったようだ。
そりゃそうか、とすこし笑ってしまった。
姉たちの反抗期のほうが、よっぽど大変そうだったし。すでに二人分を経験している母親からすれば、末っ子の反抗なんてそんなものなのかもしれない。

「(反抗が)小さいので、全然気にならなかったなあ。受け止めるほうが忙しくてスルーしてたな」

「あんたは偉い」

「今、さくらんぼがたくさん届いたけど、半分食べる?送りますか?」

それよりも、一瞬で話題を変えられてしまった。
そして、迷うことなくその話に乗ってしまった自分がいる。
もう、笑ってしまうくらいに母らしいなと思った。わたしの好物を知り尽くした、母親らしい最高の返信だ。

もちろんわたしは母にも似ている。いつかおなじような場面に出くわしたら、きっとおなじようなことを言う気がする。「そんなことより、さくらんぼ食べる?」って。

バカみたいだけど、わたしはこのやりとりで両親からの大きな愛を感じた。ここにあるのは圧倒的な愛だ。

親に迷惑をかけないこと、親を安心させること。

それがわたしにできる親孝行だと思っていたけれど、両親からするとそんなものは取るに足らないことなのかもしれない。
だって、両親はわたしになんにも求めていない。
幸せに健康に暮らしてくれればいい。それよりもさくらんぼ食べる? って。

これじゃあ、いつまで経っても親孝行できない気がしてくる。わたしがいつか親になったとき、その気持ちがわかるようになるんだろうか。一生かかっても出ない答えのような気もしてくる。

ひとつ、今のわたしにできることがあるとすれば、つぎの夏休みにいつもと変わらず元気な姿で実家に帰ることかもしれない。

両親の好物を手土産に。

きむらいり
1990年生まれの編集者/ライター。北海道函館市出身。実家はちいさなパン屋です。動物が好きで、この世で一番愛らしいのはカバだと思っています。

文・写真/きむらいり
編集/サカイエヒタ(ヒャクマンボルト)

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