こんにちは! ライターのみさきです。

わたしは父が38歳、母が32歳のときにできた子どもです。今は32歳で子どもを生むのは取り立てて珍しいことではないけど、わたしの生まれた約30年前は遅いほうだったと思います。

「年を取ってからの子どもはかわいい」とよく言われますが、例のごとくわたしもとてもかわいがられて育ちました。

ケーキの苺はかならずわたしが最初に食べていたし、イトーヨーカドーに行けばなにかひとつおもちゃを買ってもらっていたし。「犬がほしい!」と言って本当に犬を買ってもらいました。

とはいえ、小さいころは友達の親より歳が上の両親をすごく……今思い出すとめちゃくちゃウルトラハイパー恥ずかしい存在だと思ってました。特に、保護者会での母の姿はいつも恥ずかしくて。

まずファッション。母はバブル世代なので、いつも肩パッド入りのアウターを着ていました。周りのお母さんたちは7〜8歳下なので、もっと落ち着いたコンサバのきれいめ服を着ている。明らかに浮いていた。

次に髪型。もちろんバブリーなくるくるパーマ。ときどき聖子ちゃんカット。周りのお母さんたちはずっと年下なので、以下略……。

母は上記のような感性だったので、わたしも時代外れのダサい服を着させられていました。それが本当に本当に、恥ずかしくて。若いママにシュッとしたおしゃれな洋服を着させてもらっている同級生が、心底羨ましかったです。

画像: 黄色! 紫! ビビッドなピンク! なバブリーみさきと兄。

黄色! 紫! ビビッドなピンク! なバブリーみさきと兄。

そんなダサい日々を救ってくれたのが、小4のからお小遣いで買い始めたティーン向けファッション誌「ピチレモン」。わたしは「ピチレモン」の発売日に本屋へ駆け込み、“かわいい”と“おしゃれ”で溢れている誌面をめくることに心から幸せを感じていました。埼玉の片田舎でダサ服を着させられている自分から唯一、現実逃避できる時間だったのです。

こんなおしゃれな世界にいきたい! いきたい! いきたい! と強く思い、思い、思い続けた結果、わたしは24歳のとき雑誌の編集者になり、「ピチレモン」の編集に携わることができました。

ということで、当時ダサかったお母さんのおかげで(お母さん、言い方わるくてごめんね)、わたしは夢を叶えることができました。今は心から思います。

「お母さん、ありがとう」

そんな感謝を込めて、両親の結婚記念日に「ありがとう」LINEをしてみました!

画像1: お母さんに「ありがとう」とLINEしてみた みさき編

ちなみに中学生のときから母の名前は「マザーテレサ」で登録しています。中学校の同級生同士で、なぜか母親の名前を「マザーテレサ」で登録するのが流行っていたんですよね。

それ以来なんとなく、まあマザーテレサみたいな存在だよな、と思ったりするので変えていません。同級生のみんなはどうしているんだろう……。

3時間半後、パート終わりの母から返信がきました。

画像2: お母さんに「ありがとう」とLINEしてみた みさき編

意外とそっけない! でも毎日LINEしているし、わりといつもありがと、って言っているから、こんなものなのかも。

なんて、思っていたら2月18日に母からハッピーなLINEが。実は 2月18日は、わたしの誕生日!

画像3: お母さんに「ありがとう」とLINEしてみた みさき編

わたしが迎えた28歳は、母が結婚した年齢。当時、28歳で結婚するのは遅いほうで、独身時代には周りにいろいろ言われていたらしいです。だから、28歳で結婚してくれたお父さんにいつも感謝してるとのこと。

※ちなみに28歳になった現在のワタクシ、特に結婚の予定なし(笑)。

画像4: お母さんに「ありがとう」とLINEしてみた みさき編

でも、大人になって思うんです。親が年を取ってるってぜんぜん悪いことじゃない。

人生経験が長いぶん、いろんなことを教えてくれます。小さいころはいじめられたり、運動神経が悪かったり、勉強ができなかったり。たくさんのことで悩んでいました。

でも悩むたびに、

「そんなことでくよくよしなくても大丈夫だから。お母さんが言うんだから間違いない。みさきより何年長く生きてると思ってるの」

と励ましてくれました。32歳も上のセンパイからこう言われたらなんとかなる気がする!
とホッとしたことを今でも覚えています。わたしはこの母の言葉に何度救われたことか。うんと年上のお母さん、最高です。

お母さん、わたしを産んでくれてありがとう。わたしもいつか、お母さんみたいなお母さんになりたいなと思います。

執筆/みさき
編集/プレスラボ

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