学生時代、毎日早起きをして自分のためにお弁当を作ってくれたお母さん。
喧嘩した次の日も、ちゃんとお弁当を用意してくれていたお母さん。
特別な日には、お弁当に好物をそっと入れてくれたお母さん。
あの頃は照れくさくて言えなかった感謝の気持ちを、大人になった今、息子さんからお母さんへ「お弁当」というかたちで恩返しします。題して、「恩返し弁当」。
毎朝八合を炊く、キャリアウーマンなお母さん
今回お母さんへ「恩返し弁当」を作ってくれるのはユウキさん。三兄弟の次男として育ち、現在は「YOU-KID」という名前でラッパーとして活動中です。イベントの司会進行や、DJプレイ中の会場を盛り上げるようなMCはもちろん、自身の曲のリリースやライブなどの音楽活動もしているアーティスト。さすがの表情で撮影に挑むユーモアに溢れたユウキさんが、今日はお母さんとの思い出のお弁当を作ります。
ユウキさん「“マァさん”……。あ、これはママから母さんに変わる過程でこう呼ぶようになった我が家での母さんの愛称です。マァさんはめちゃくちゃよく働く人で、朝早くから夜遅くまで忙しかったんですが、そんな中でも毎日炊飯器をフル回転させて食べ盛りの男三兄弟を育ててくれました。毎朝八合炊いて、炊けたらすぐに別の器に移してまたお米炊いていましたね。今考えてみればすごいことだし、感謝しかないっすね」
「今回はお弁当を作る機会をもらったので、メニューは兄弟で話し合って、人気ナンバーワンだった青椒肉絲に決めました。あとは、思い入れのある卵焼きも作ろうと思ってフライパンも買いましたよ!」
そう言って、料理を始めたユウキさん。腰に巻いたエプロンからもやる気がうかがえます。学生時代は飲食店でアルバイトしていたそうで、カメラマンも驚く見事な包丁さばき。まずはメインの青椒肉絲から作っていきます。今日は彩り鮮やかに赤パプリカも入れますよ。
MCという仕事を次世代に繋げたい
ユウキさん「兄貴の影響で音楽を好きになり、そこから音楽と関わりたいと思うようになったんです。ある時、親しかった先輩がMCをする姿を見て、『イベントやパーティーの進行をしたら目立つかも』と思ってMCを志しました。MCになってイベントなどの場数を踏む中で分かったことは、お客さんと出演者であるDJやアーティスト、ダンサーたちを一つにできる大事なポジションだということ。もっといろんな人にこの職業を知ってもらって、自分の背中を見て『MCやってみたい!』って人が増えてほしいです」
「今は年間200本近いイベントでマイクを握らせてもらっていますが……。やっぱり遅い時間帯の仕事も多くて、マァさんには心配かけていると思います。特に家族でマァさんと俺だけお酒が飲めなくて、付き合いで飲んだりするのを心配してるみたいですね。最近は朝7時とかに生存確認の電話が来ることもありますね(笑)」
この日も朝までイベントだったそうで、少し眠たそう。眠い目を擦りながら、携帯でレシピを検索します。
ユウキさん「そうですねぇ、多分オイスターソースと醤油を入れておけば大丈夫っしょ。自炊するときの味付けは適当ですね」
普通のフライパンが中華鍋に見えてくる手捌きの良さ。これは味も期待できそうです。
ユウキさん「マァさんのお弁当で、これもよく入ってたなぁっていうのがしらす入りの卵焼き。カルシウムが少しでも多くとれるような工夫だったらしいんすけど、そういうところまで考えてくれてた母親は、やっぱりすごいっすね」
「出汁巻は居酒屋でバイトしてたときに散々作って結構得意です。今日はちょっとカッコイイところを撮ってもらうためにも頑張って焼きます! 油を入れまくってテッカテカにしろってバイトの先輩に教わりました」
綺麗に出汁巻が仕上がりました。あとは、油物を緩和するためにもほうれん草の胡麻和えを付け合せに入れます。
これ、毎日やってたんですよね……。
ユウキさん「いやぁ、よく考えたらお弁当を詰めるのは人生で初めてですね(笑)。どのくらい入れていいのか全然わかんねーわ。こりゃ奥が深いっすねぇ。マァさんはこれを毎日やってくれてたんですね」
作ってみて初めて大変さがわかるお弁当。お母さんは中学高校と6年間、ご兄弟も含めたら10年以上も毎日作っていたのだから、頭が上がりません。
さあ、ボリューム満点な青椒肉絲弁当ができあがりました。彩り豊か、栄養満点の美味しそうなお弁当ですね。いよいよお母さんと公園で待ち合わせして、サプライズでお弁当をプレゼントします。息子さんからの突然の手作り弁当、お母さんはどんな反応をするのでしょうか?
待ち合わせ場所は、苦い思い出のある川沿い
お母さん「呼び出すなんて珍しいわね〜」
そう言いながら、笑顔で待ち合わせ場所に現れたお母さん。普段は近くに住んでいながらもなかなか会う機会がないそうですが、いつもユウキさんを気にかけています。
お母さん「ユウキは昔からちょっと変わっててね。みんなが遊んでいる中、流れる雲を見つめるようなのんびりした子。『この子は24時間で足りるのかしら?』なんて心配していました(笑)。でも気がついたらいつも周りにはいい友だちが多くて、中学の頃は生徒会長も任されていました。いい先生にも出会うことができたし、とても恵まれている学生時代だったと思います」
こうして並ぶと、屈託のない笑顔がそっくりなお二人。離れていてもしっかりと繋がっている親子の絆を感じます。
さぁ、そんなお母さんに10年越しの「ありがとう」をお弁当という形で伝えます。
兄弟みんな大好きだった青椒肉絲弁当
春の訪れを感じる陽気の中、レジャーシートを敷いてお母さんにお弁当を渡します。こんなシチュエーションは初めてで、お母さんも少し驚いていますね。
ユウキさん「お弁当作ってきましたぁー」
お母さん「お弁当? あらぁ、ありがとう」
包みを開けるお母さんの顔を、ちょっと不安そうに覗き込むユウキさん。大丈夫、上手にできていますよ。
お母さん「しっかり詰まったお弁当ね」
ユウキさん「食べよう食べよう!」
二人「いただきます!」
お母さん「そういえばさ、お母さんはお庭でご飯を食べるのが大好きで、ユウキたちが小さい頃公園でお弁当を食べてたら、友だちがいてすっごい恥ずかしがってたよね」
ユウキさん「急になんの話〜? いいから食べてよ〜(笑)」
お母さん「美味しい!!」
ユウキさん「お! やったね!……。うんうん、これは米が美味しい!」
お母さん「ユウキたちが子どもの頃は、おじいちゃんが毎月何十キロもお米を送ってくれたよね。それがおじいちゃんの生き甲斐だったのか、ボケてからも『米はあるか』って電話してきたなぁ(笑)」
ユウキさん「今は代変わりしたおじさんが送ってくれるからありがたいです!!」
お母さん「そうよ、せっかくなんだからもっと自炊したら? 尿酸値高いんでしょう?」
ユウキさん「そこは今はいいって!(笑)」
お母さん「卵焼きにしらすが入ってる! 塩味が昔と一緒ね」
ユウキさん「そうよ、これこれ! 俺やるじゃん!」
お母さん「教えなくても同じ味になるのは、食育の成果かな。それともやっぱり親子だから味覚が似ているのかな?」
お母さん「そういえば、ここ覚えてる? ユウキがなんか悪いことして、兄弟の前では話しにくかったからこの道を歩きながら二人で反省会したよね。ぐるぐる歩きながら、いろんなことを話した川だね」
ユウキさん「なんだっけ、歩いたのは覚えてるけど何したかは全然覚えてないや。でも、そこで何十年後かに弁当食べるって面白いね」
お母さん「とっても美味しいから、全部食べられそう!」
ユウキさん「あのさ、弁当もいいけど、今度は何か美味しいものご馳走しますよ」
お母さん「お弁当で十分です。美味しいものをご馳走されても気が引けちゃうわ」
ユウキさん「気が引けないくらい稼がなきゃか〜!(笑)。 頑張ります!」
お母さん「ごちそうさま。聞きしに勝るお弁当でした」
ユウキさん「いえ、こちらこそ! 今までいっぱい作ってもらってありがとうございました!」
毎日のお弁当に詰まっていたもの
毎日、お母さんが作ってくれたお弁当。それは親から子への「子孝行」でした。毎日のお弁当で大きく成長する子ども、そして積み重なっていく「子孝行」が、いつの日か「親孝行」となって返ってくる。親が子どもを慈しみ愛することは当たり前のことであってほしい、そう思わざるを得ない時代だからこそ、はっきりと目に見えるお弁当は、親から子どもへの大切な「子孝行」なのかもしれません。
どんな時もあなたを支えてくれる家族に、ちゃんと「ありがとう」を伝えていますか? 普段なかなか素直に感謝の言葉を伝えづらい家族だからこそ、あなただけのかたちで「ありがとう」を伝えてみませんか?
ライター/板橋葵
カメラ/横山英雅
編集/大月真衣子