親と一緒にビールを飲む。
いつまでも親と子の関係は変わらないけれど、大人になったと実感できるささいな、でも大きな出来事。
少し照れくさくても親子でビールを注ぎ合えば、隠していた思いもぽろりと出てくるかもしれない。
それなら、ふたりをつないでくれるビールも一緒につくっちゃおう。
思いをつなぐ「親子でビールづくり」、はじめます。
0からつくる初めてのビールづくり
今回親子でビールづくり体験をするのは、ビールが大好きでクラフトビールもよく飲むという娘・青柳未久さん(29)と、未久さんの影響でクラフトビールを飲み始めた父・中川治さん(60)。
今回つくるビールのテーマは「お姉ちゃんの出産を勝手に祝おう!」
2018年10月に、未久さんのお姉さんが女の子を出産されました。お姉さんは授乳中のため飲むことはできませんが、ビール好きな未久さんとお父さんで一緒にビールをつくり、おめでたい記念に勝手にお祝いしちゃおうと決めたそうです。
今回訪れたのは、茨城県那珂市鴻巣にある木造酒造。
「ビールづくりは初めてだからすごく楽しみ!」と未久さん。まずはお父さんと一緒に、ビールの味を決めていきます。
モルト、ホップ、水でできているビール。まずはベースとなるビールのスタイル決めから。
ベースとなるビールを飲み比べながらふたりで相談。
お父さん「なんだかビアフェスタで飲む、ビール4種飲み比べみたい!」
最近ではクラフトビール好きの未久さんに連れられ、ビアフェスタなどにも一緒に行くのだそう。
今回は15リットル、瓶45本分のビールづくり。量を考え日常に寄せた飲みやすいスタイルにするか、いつもとは違うお祝い用のスタイルにするかで頭を悩ませます。
飲み比べをしてベースが決まれば、次はホップ決め。ホップはビールに苦味や香りをつけるものです。ベーススタイルの味を確認しながら、香りや苦味を決めていきます。
未久さん「これは大変!でも、ひとつひとつ嗅いでみるとやっぱり香りが全然違う」
お父さん「難しいな〜。でもせっかくだから3種類選びたい。スパイシー過ぎるのは
外したいかな」
さんざん悩んだ末「せーの!」で自分の好きなホップを選ぶ2人。副材料にはオレンジピールを。
お姉さんが出産したばかりの赤ちゃんの名前が「柑那」ちゃんであることから、柑橘風味のビールを作ることにしました。
仲良しの理由は”皆勤賞”
オレンジピールの量も調整できることがわかると、「オレンジピール、ちょっと強くする?」と尋ねる未久さんに対し「任せた」と答えるお父さん。
未久さん「出た出た!人に任せちゃうやつ!」
お父さん「でもここまでは珍しく頑張って決めたよ?」
未久さん「そうだね、じゃあ任せろ!柑那ちゃんだし、ちょっと強めでお願いします!」
お父さん「これでもし変な出来上がりになったら、未久のオレンジピールのせいにしよう!」
未久さん「えー!ふたりで決めたんじゃん!」
とても無邪気な掛け合いをするお父さんと未久さん。ほんわかとした仲の良さが伝わってきますが、それもそのはず多感な小中高の12年間、一緒に電車通学していたのだそう。
未久さん「父への反抗期ってあまりなかったと思います。というのも、父の会社の最寄り駅が私の通う学校のひとつ前で。通学中いつも寝ていて、父に声をかけてもらうんだけどその一駅で寝過ごして、遠くの駅まで行っちゃうことがあって」
お父さん「そのくせに皆勤賞狙ってたの」
未久さん「だから父に『一駅分付き合って。私の皆勤賞はお父さんにかかってる!』ってお願いしたんです」
お父さん「喧嘩なんてしたものなら困るの自分だもんね(笑)」
モルトを計量したあとはお湯の入った釜へ。モルトがお湯に完全につかるまでよく混ぜます。お父さんも「おいしくなーれ、おいしくなーれ」と言いながら混ぜ混ぜ。
その後は循環という作業。循環とは釜全体のモルトとお湯を均等にさせること。レバーをひねって麦汁をくみ、釜の上から麦汁を戻して混ぜていきます。
麦汁の良い香りがあたりに充満するなか、糖化の作業へ。
糖化とは、麦芽のなかにあるベータアミラーゼという酵素を使って、麦芽のでんぷんを糖に分解する作業。ベータアミラーゼがよく働く温度は65〜67度のため、その温度まで麦汁の温度を上げていきます。よく釜をかき混ぜながら温度計とにらめっこ。
お父さん「最初は40度…あれ、もう50度」
未久さん「早い! 蒸気のエネルギーが強いのかな。もう63度!」
あっという間に上がる麦汁の温度。再び循環をすると、コーヒー牛乳のような色に。まるで実験のようです。
次はホップの計量。
はかりに乗せたお皿にホップを慎重に乗せていくお父さんの姿を見て「お父さんが…はかりを使って計量してる姿見たことない!」と驚く未久さんに、「見せたことないと思う」とお父さん。
ふだんお父さんは家事を一切しないということですが、今回のビールづくりで積極的に作業をするお父さんの背中は、とても楽しそう。
その後、 糖化、ホップ投入&モルトかすの回収を経て、本日の作業は終了です。
未久さん「思ったより地味でした!でも、同じ作業を何回も繰り返すことでビールは育っていくんですね。まだまだここから手をかけていただくと思いますが、ここまででも思っていた以上に大変だと感じました。今後はさらに感謝をもってビールを飲みます!」
お父さん「もっと流れ作業的かと思っていたけど、ひとつひとつの作業を何回も時間をかけて繰り返していく大変さがあるんだとわかりました。でも、その分きっと、おいしく育って帰ってきてくれるんでしょう!」
ホップを入れたあとの麦汁は不思議な味。でも、ひとつひとつていねいな作業の積み重ねでできた味。
普段飲むビールとは一味違う、親しみ込めたオリジナルビールの完成まであと5週間。瓶に貼るオリジナルラベルの構成も決めて、完成を待ちます。
次はビールのお披露目会。思いをたっぷり詰め込み発酵した特別なビールと一緒に、お姉さんの出産をふたりでお祝いします。
思いの詰まったビールが完成!
親子でビールづくりから5週間後、未久さんとお父さんでてづくりビールのお披露目です。
未久さん「もっと色は薄いかと思っていたけど思ったより濃い!飲んでみるとそんなに柑橘が主張しすぎずすごく飲みやすくて、うまくまとめてもらった感じ!」
お父さん「あんまりとんがってないし、苦味もそんなにないね。お母さんも飲めるかな」
未久さん「飲める〜って調子に乗っちゃうのが怖いけど(笑)」
ラベルはイラストレーターのmatsuda natsuruさんにお願いし、未久さん夫婦、お父さん夫婦、お姉さん家族全員をあたたかい雰囲気のイラストで描いてもらいました。
お父さん「このイラスト、想像が掻き立てられるすごく良い絵だなって思ったんです。今年起きた大きな出来事4つをイラストにできたらいいな〜って。今年の夏には未久が結婚して、秋に姉の子供が生まれ、その次は僕の還暦と定年退職、最後に次の世代へと家族のストーリーが想像できました」
「0〜3396 家族の物語」
良い感じにお酒が回ってきたところで、今回のオリジナルビールの名前「0〜3396 家族の物語」の話へ。
お父さん「数字は、『ゼロからさんざん苦労した』と読みます。さらに数字の03396はビールをつくった私たちの名前を数字にあてはめました。おさむは”036”、みくは”39”」
未久さん「ビールづくりを体験してみて、モルトやホップなど、0から構成要素を考え手間暇かけてビールはつくられるんだと改めて実感しました。でもそれって、家族も同じじゃないかって」
お父さん「親や娘、お婿さん、孫、そういう構成要素がどんどん加わって、地道に手間暇かけて家族って作っていくものだなと。だから、ゼロからさんざん苦労して作り上げる家族の物語だなって思ったんです」
未久さん「でもその結果できたビールが、すごくまとまりがあってびっくりした!」
お父さん「ちょっととがらせたはずなのにまとまって帰ってきたね。そういうのも、家の家族みたい。今は家族みんなが集まると子供が中心になるけど、それはそれでまとまってるし。ビールは柑橘が、家族は柑那ちゃんがうまくまとめてくれてるのかもしれないね」
家族といえど一人ひとりの人間。それぞれに個性があったり性格が違ったりするのは当然のこと。
でも、どうしてもわからないことがあるなら、ビールを酌み交わして思いを伝えるのも良いかもしれませんね。
お姉さんの出産祝いにと親子でつくったビールですが、思いがたくさん詰まったビールを一緒に飲むことで、未久さんとお父さんの距離がよりぐっと縮まったのではないでしょうか。
全く違う人と人が交差しても、なんだかんだでうまくまとまる。家族もビールも。
取材/山吹彩野(ビール女子編集部)