学生時代、毎日早起きをして自分のためにお弁当を作ってくれたお母さん。
喧嘩した次の日も、ちゃんとお弁当を用意してくれていたお母さん。
特別な日には、お弁当に好物をそっと入れてくれたお母さん。
あの頃は照れくさくて言えなかった感謝の気持ちを、大人になった今、息子さんからお母さんへ「お弁当」というかたちで恩返しします。題して、「恩返し弁当」。
やんちゃな男三兄弟、思い出の紅茶煮
今回お母さんへ「恩返し弁当」を作ってくれるのはシュートさん。三人兄弟の末っ子で、浅草生まれ浅草育ち、ちゃきちゃきの下町っ子の彼。ダンサーを生業とし、アーティストのバックダンサーやレッスン講師などをしています。20歳の時に実家を出てからは、帰ってくるのは年に数回。家族全員が集まるのもお正月だけだそう。今日は久しぶりに実家に帰って、お母さんとの思い出のお弁当を作ります。
シュートさん「男三兄弟で、三人ともやんちゃ。一番上の兄ちゃんは今一緒にダンスをしていて、二番目の兄ちゃんは格闘家でチャンピオンにもなった。父ちゃんは消防士で、俺の中では人類史上最強の男(笑)。そんな家族だから、毎日の食べていたお米の量も半端なくて、朝は7合、夜は6合炊いてたらしいです。アホな三兄弟を温かく育て上げてくれた立派な母ちゃんです」
シュートさん「今日は一番好きだった豚の紅茶煮と、冷蔵庫にスイカがあったんで、スイカの皮を使った塩麹漬けを作ります。料理は得意だけど、圧力鍋を持ってないから紅茶煮つくるのは初めて。でも、母ちゃんから聞いたレシピがあるから大丈夫でしょ!」
そう言って、慣れた手つきでスイカの皮を剥き始めたシュートさん。果肉の部分ではなく、皮の青い部分を使うそう。昔からお母さんが作ってくれる漬物のようなもので、スイカのほのかな甘みがポイント。今日は一緒にきゅうりも漬け込みます。
いつも助けてくれるスーパーヒーロー
シュートさん「母ちゃんはいつも俺のことを助けてくれるスーパーヒーロー。小さい頃、階段の柵に登って太ももが柵から抜けなくなったことがありました(笑)。その時も母ちゃんが食器用洗剤持って駆けつけて助けてくれましたね。学校から電話で呼び出されることはしょっちゅうだし、引っ越したばかりの新築のマンションも兄弟喧嘩でドアに穴開けたり、ホント今だから笑える話ばっかりだけど、たくさん迷惑をかけたと思います」
シュートさん「叱られることはしょっちゅう。それでもいつも見捨てないでくれた母ちゃんはやっぱり最高です」
シュートさん「母ちゃんの弁当で覚えてるのが、この牛乳パックの弁当箱(笑)。元々は家族で海に行ったときに捨てて帰れるからって使ってたやつなんです。高校生の頃、そのまま捨てて帰ってこれるようにって、よく使ってました」
シュートさん「紅茶煮は母ちゃんの得意料理で、いつもこの中華鍋で作ってましたね。とにかく肉がいっぱいの弁当がテンション上がるし、いかに早く弁当を食って遊ぶかに命かけてました」
豚肉を紅茶で煮込んでから、みりんと醤油で味付けするこの料理。紅茶で煮込むことで余分な油を落とせ、臭みがなく、冷めても柔らかいそう。
おにぎりは酢で握り、お母さん用は梅干し入り
おにぎりはお母さんの好きな梅干し入りに仕上げます。シュートさんは梅干しが苦手。おにぎりをお酢と塩を手につけてから握るのは母ちゃん流です。
シュートさん「ヤベェー。どれに梅干し入れたかわかんなくなった! もし入ってたら母ちゃんに食べてもらおうっと(笑)」
さあ、紅茶煮とタレに合わせた小松菜、さらに麹漬けのお弁当ができました。いよいよお母さんと公園で待ち合わせして、サプライズでお弁当をプレゼントします。久しぶりの再会と手作りのお弁当にお母さんはどんな反応をするのでしょうか?
待ち合わせ場所は、噴水のある夏の公園
お母さん「なにぃ〜? 珍しいじゃないー。どうしたの?」
久しぶりに会う息子の姿に嬉しさを隠せない様子のお母さん。待ち合わせは、暗くなっても帰ってこない幼いシュートさんを迎えに来た思い出の公園。彼が大人になってから来るのは初めてです。
お母さん「シュートはかわいい末っ子で、男気があって優しい性分。私自身三人の子育てに無我夢中で、気がついたら大きくなっていましたね。昔から分け隔てなく人と付き合えて、友だちが多い子でした。高校のときの保護者会で他のお母さんから『うちの子がサークルで仲良くしてもらっています』って言われ、よくよく聞いたら渋谷のセンター街で鬼ごっこをするサークルを仕切っているのを知りました(笑)」
お母さん「中学まではサッカー少年で、休日も試合など一所懸命でした。大好きだったサッカーを怪我で諦めることになり、本人は悔しい思いをしたでしょうが、今はダンスという新しい道を自ら切り開いて頑張っている姿に嬉しく思います」
親にとって子どもはいつまでも子ども。シュートさんのことを心配しながらも誇りに思う親心が伝わってきます。
さぁ、そんなお母さんに10年越しの「ありがとう」をお弁当という形で伝えます。
懐かしい牛乳パックのお弁当箱
日差しが強い夏の公園で、木陰にあるベンチを見つけて座ります。二人分を包んだ大きなお弁当包みは、サッカー少年時代のシュートさんがお気に入りだったお弁当包みです。
シュートさん「はい、弁当作ったよ」
お母さん「えー!! ありがとう!」
いつもカバンの中に入れっぱなしだったお弁当包み。こうして息子さんから渡される日が来るとは思ってもみませんでした。
お母さん「ふふふ、牛乳パックのお弁当箱! 懐かしいね!」
シュートさん「食ってみてよ。ぜってぇ美味いから!」
お母さん「レシピ教えたのお母さんだからね」
シュートさん「いや、肉は何しても美味いんだよ!」
お母さん「いただきます!」
お母さん「美味しい! 上手くできてるじゃない!」
シュートさん「うん、うめぇ! やっぱあの中華鍋いいな、あれちょうだいよ」
お母さん「いやよ、あれはずーっと前に中華街で探して買ったんだから!」
お母さん「中華鍋はあげられないけど、シュートは昔から料理が好きだったよね。兄弟でシュートだけが料理手伝ってくれたし。還暦の時、三兄弟で豪華な食事を作ってくれたけど、その時も率先して頑張っていたものね」
シュートさん「魚も捌けるからね。将来は小料理屋になるから」
お母さん「園長先生になる夢はどうしたのよ!」
シュートさん「それもなる(笑)」
お母さん「おにぎりも、海苔が別の塩おにぎりだね! 海苔で包むと手につくから嫌だって言っていたもんね」
シュートさん「そうそう、サッカーの時とか、手に海苔つくの嫌でさ……。え!? そっち塩? ヤベェ! 俺の梅干し入ってるかも!」
お母さん「はいはい〜! もらってあげるよ」
お母さん「最近はどう? 相変わらず忙しくしてるの?」
シュートさん「そだね、この前撮ったミュージックビデオとか公開されたよ」
お母さん「見た見た! SNSチェックしてるからね」
シュートさん「てか、俺の友達までフォローしてるよね?」
お母さん「だって、お兄ちゃんが見えないようにしてるんだもん。シュートから、ブロックしないでって言ってよ〜」
シュートさん「わかったわかった」
お母さん「お兄ちゃんもそうだけどさ、どんな生き方でも、自分が胸張れることをやって生きていてくれたら、お母さんそれだけでいいや」
シュートさん「そっか……。ありがとう。またダンス見に来てよ」
お母さん「うん。応援しています」
お母さん「あーあ、美味しかった! ごちそうさまでした!」
シュートさん「ちょっと恥ずかしいけど、たまには親孝行っぽいことできてよかったわ!」
お母さん「また実家帰っておいでね」
シュートさん「うん、夏にはみんなで集まろう!」
毎日のお弁当に詰まっていたもの
毎日、お母さんが作ってくれたお弁当。それはやりたいことに一所懸命な息子への「エール」でした。部活に頑張る日、喧嘩した日、友だちと遊び暮れた日。毎日を純粋に楽しむ息子を思うお母さんからの「エール」。その「エール」は彼にもしっかりと届き、ここまで真っ直ぐに育つことができました。
たくさんの愛情と栄養が詰め込まれ送られた「エール」は、今もなお、夢に向かって頑張る子どもたちの原動力となっています。
どんな時もあなたを支えてくれる家族に、ちゃんと「ありがとう」を伝えていますか? 普段なかなか素直に感謝の言葉を伝えづらい家族だからこそ、あなただけのかたちで「ありがとう」を伝えてみませんか?
ライター/板橋葵
写真/高山諒(ヒャクマンボルト)
編集/サカイエヒタ(ヒャクマンボルト)