最後にお母さんに髪を結ってもらったのはいつだろう。髪を結いながら、私の話を「うんうん」と聞いてくれたお母さん。いつでも自分の存在をまるごと肯定してくれたお母さん。
だけど当時は、自分を思いやるお母さんの言動を理解できなかったり、疎ましく思ったり、ときには反発してみたりもしました。
そんな「あのときはごめんね」を、大人になった今、もう一度お母さんに髪を結ってもらいながら伝えます。
「おかあさん、あのね」
歌やダンスを始めたのはお母さんの影響
今回、お母さんに「ごめんね」を切り出すのは、現在音楽ユニットのボーカルとして活動している梨紗さん。まずは、梨紗さんの視点から自身のお母さんについて語っていただきました。
–––梨紗さんから見てお母さんはどんな人ですか?
梨紗さん「心配性だけど、真っ直ぐに愛情を与えてくれる人ですね。母は私の『ただいま』という声で、その日私がどんな精神状態なのかがわかるらしくて。だから、何か嫌なことが起きて落ち込んでいたりするとすぐバレてしまうんです」
–––以心伝心の仲なんですね。
梨紗さん「そうですね。それと、母は昔から音楽が大好きで家では常に60〜70年代のソウルミュージックが流れていました。私が歌やダンスを始めたのは母の影響がすごく大きいですね」
–––そんなお母さんに今回謝りたいこととは?
梨紗さん「中学校の頃、初めて携帯電話を持たせてもらったんです。当時、部活を初めて帰宅が遅くなることが多かったんですが、思春期ということもあって、母から連絡が入ってもずっと無視してしまっていました」
–––心配をかけていた時期があったのですね。
梨紗さん「はい。それと、ずっと続けてきた音楽活動を『辞めようと思ってる』って母に伝えたことがあったんです。そのとき母は珍しくすごく怒って。そんなに応援してくれてたことをそれまで気付けなかったんです。そのときのことを謝りたいですね」
中学生時代に訪れた反抗期、そして現在の活動を応援しているお母さんの姿勢に気付けなかったことを謝りたいという梨紗さん。お母さんはそんな梨紗さんの謝罪をどう受け止めるのでしょうか。
お母さんがセレクトした曲で踊り明かしていた幼少期
梨紗さん「バレエ習ってたときはよく髪の毛、お団子に結ってくれてたよね」
お母さん「そうそう。発表会のとき、他のお母さんに『うちの子もやってください』って頼まれて。小さいバレリーナの行列ができて大変だったよ(笑)」
梨紗さん「あはは!そんなことあったっけ」
お母さん「リッちゃんは、昔から本当に踊るのが好きだったよね。駅のホームで電車が来るまで踊ってたもん」
梨紗さん「やだー! 全然、覚えてない」
お母さん「覚えてないの!? ママの友だちが家に来たときなんかも、私たちがいる部屋のドアを思いっきり開けて『私を見て!』と言わんばかりに踊り出してたよ」
梨紗さん「あははは(笑)」
お母さん「その後しばらくして、寝たと思ったらまたバンッ!ってドアを開けて踊り出して……。しかも、パジャマの上から腹巻きした状態で(笑)」
梨紗さん「あった、あった。うちではずっと音楽が流れてたからつい踊り出したくなっちゃったのかも」
お母さん「そうだね。だからか、昔の曲を同年代の子よりかはよく知ってたよね」
お母さん「あれ覚えてる? 家族でハワイに行ったときウクレレを手に取って歌い出したと思ったら『歌で成功したらママをまたハワイに連れてってあげる!』って宣言したの」
梨紗さん「あはは(笑)その後そのウクレレ買ったんだっけ?」
お母さん「うん。リっちゃん、すぐ飽きて放り出してたけどね(笑)」
心配性のお母さんと、思春期だった娘の小さな不和
ダンスに目覚め、毎日のように踊っていた梨紗さんの幼少期の話で盛り上がる2人。話題が中学生時代のことに差し掛かった頃、梨紗さんが謝罪を切り出します。
お母さん「その後、中学校でダンス部に入ったんだよね。よくお友だちと遊ぶようになって、ほとんど一緒にいられる時間がなかったよね」
梨紗さん「その時期のことなんだけど、ちょっと謝りたいことがあってさ……」
お母さん「急に何!? 勝手に洋服を借りて一向に返してこなかったこととか?(笑)」
梨紗さん「うーん……」
お母さん「私のカシミヤのセーターなんて、着たらその辺にほっぽっておくもんだから、しわくちゃになっちゃってたじゃない」
梨紗さん「うん、じゃあそのこともごめんね(笑)。私が謝りたいのは、中学生の頃、携帯買ってもらってたのに、部活が終わって夜遅くになっても連絡しなくて。心配かけたなあって」
お母さん「あのときは、誰かにさらわれたんじゃないかって毎回心配してたよ」
梨紗さん「実際、不審者に追っかけられて怒鳴られたりして怖い目にもあった。あのとき、すぐに駆けつけてくれたよね。それだけじゃなくて、あの時期私いろいろあったじゃん」
お母さん「……うん。そうだね」
周りが信用できなくなったとき、ずっと寄り添ってくれたお母さん
梨紗さん「あの時期、仲良かった友だちがネットの掲示板で私の悪口を言うようになった」
お母さん「そんなこともあったね」
梨紗さん「通ってる学校とか、当時住んでた最寄り駅のことまで書かれてて。全然関係のない親友まで信用できなくなってさ」
お母さん「一緒に警察も行ったよね。当時はまだインターネットの書き込みまで対応してくれなかったんだよね」
梨紗さん「そうそう。私は普段、ママに素っ気なくしてたのにあのときすごく親身になってくれた」
お母さん「うん。でもね、そんなの当たり前のことだよ」
梨紗さん「いつも心配かけてばかりで、ごめんね。ありがとうって思ってる」
梨紗さん「あとさ、もうひとつ。私が専門学校を卒業した後、音楽やめようと思ってるってママに伝えたとき、ママすごい叱ってくれたよね」
お母さん「そうだね『今までずっと何のためにやってきたの』って」
梨紗さん「すごく応援してくれてたんだなってそのとき知った。一緒にライブもたくさん連れてってくれたのに……」
お母さん「たくさん行ったよね。梨紗とママが好きなライブを最前列で観れたときなんて、リッちゃん感動して号泣してたよね」
梨紗さん「だって私の中での神様だったんだもん(笑)」
表裏一体の「ごめんね」と「ありがとう」
梨紗さん「あのときそういう風に言ってくれたから今活動を続けられてる。だからね、あのとき怒ってくれてありがとう」
お母さん「え?これは『ごめんね』じゃないじゃない」
梨紗さん「あれ?本当だ(笑)」
今まで心の奥底でくすぶっていた「ごめんね」という気持ちは、元を辿れば「ありがとう」だったと発覚した今回の謝罪。少ししんみりした後ほどなくして2人はまた明るく思い出話を語り続けました。
他人を信頼できなくなったとき、自分の未来を信用できなくなったとき、そんな人生の岐路で梨紗さんのお母さんは暖かく、ときに厳しく軌道修正を施してくれたようです。お母さんのシュシュでひとつにまとめられたポニーテールは、梨紗さんにとてもよく似合っていました。
大人になった今だからこそ、お母さんに「久しぶりに髪の毛結んでくれない?」と甘えてみてはいかが?
背中越しなら、子どものような素直な気持ちで「おかあさん、あのね」と話し出せるかもしれませんよ。
ライター/いちじく舞
写真・編集/高山諒(ヒャクマンボルト)