最後にお母さんに髪を結ってもらったのはいつだろう。髪を結いながら、私の話を「うんうん」と聞いてくれたお母さん。いつでも自分の存在をまるごと肯定してくれたお母さん。
だけど当時は、自分を思いやるお母さんの言動を理解できなかったり、疎ましく思ったり、ときには反発してみたりもしました。
そんな「あのときはごめんね」を、大人になった今、もう一度お母さんに髪を結ってもらいながら伝えます。
「おかあさん、あのね」
純粋さを貫きながら現実を生き抜くお母さん
今回お母さんに「ごめんね」を切り出すのは、フリーライター兼フォトグラファーとして活動するつかささん。まずはつかささんに、自身のお母さんへ抱いている印象を伺ってみました。
–––つかささんから見て、お母さんはどんな人ですか?
つかささん「メルヘンな人です。純粋すぎてこっちが不安になるくらい(笑)。母は今、フリーランスで企業研修や結婚式の司会業をしているんですが、家では天然な印象が強いので、しっかり仕事をしている姿が想像できなくて。でも、純粋さを失わず、1人で外の世界で戦っている母のことはすごく尊敬していますね」
–––家ではゆるく、でも外ではしっかり働かれているんですね。
つかささん「そうですね。それと母はすごくマメなんです。というのも双子として産まれた私たち姉妹の育児ノートを数ヶ月間、毎日つけていて。ノートには授乳や、おしめを何時に変えたかなど細かく書き込まれていました。中には『髪の毛が生えてきたはいいけどバリバリで硬い』なんてことまで(笑)」
–––お母さんの愛情が感じられるお話ですね。
つかささん「反抗期の頃、そのノートを棚の中から発見して号泣してしまいましたね。私は心から笑うと缶詰に入っているみかんのような形の目になるらしくて、反抗期のときはよく母から『つかさの缶みかんの目が見たい』と言われていました」
–––そんなお母さんに謝りたいこととは?
つかささん「同じ時期、ちょっとしたことで母と喧嘩して、母の洋服をハサミで切り刻んでしまったことがあるんです。その頃、環境の変化が重なって心が揺らいでいたということもあり、感情のぶつけ方が分からなかったんですよね。でも、母は怒らなかったんです。だから今でも罪悪感を感じていて……。そのときのことを今日はちゃんと謝りたいですね」
小さな喧嘩をきっかけに、自分のやるせない気持ちをどう消化したらいいのかわからず洋服に当たってしまったというつかささん。そんな娘の行為をお母さんはどう感じていたのでしょうか。そして、その謝罪をどんな心で受け止めるのでしょうか。
お母さんと結んだ約束を必ず守っていた小学校時代
お母さん「つかさはずっとショートヘアだったから、つかさの髪を結ぶのってなんだか新鮮」
つかささん「ずっと短かったもんね」
お母さん「そうそう。赤ちゃんの頃は髪の毛が硬くてゴワゴワしてて心配だったんだよ(笑)」
つかささん「眉毛もフサフサだったんでしょ。育児ノートに書いてあった」
お母さん「でも今は柔らかくなってる。年齢と共に髪質も変わるんだね」
お母さん「そう言えば、つかさは小さい頃からすごく真面目だったよね」
つかささん「そうだった?」
お母さん「小学生のときは、喧嘩しても『いってらっしゃい』と『おやすみなさい』のときだけは、必ずお互い笑顔でいようねって決めてたじゃない?」
つかささん「うん。それは今でもなるべく心がけてる」
お母さん「学校に行く前、姉妹喧嘩したまま2人とも黙って家を出てっちゃったことがあって」
つかささん「そんなこともあったね」
お母さん「『ああ、行っちゃったな……』って思ってたら、5分くらいしてつかさが戻ってきて。玄関のドアを半分くらい開けて『ママ、行ってまいります』って小さい声で言ったの。あまりにかわいくて抱きしめたくなっちゃった」
つかささん「あはは!」
お母さん「中学受験のときも、試験官をやってた先生から『消しカスを払って机の下に捨てずに、ちゃんと手でまとめてゴミ箱に捨ててました。素晴らしい娘さんですね』って言われた」
つかささん「それで受験受かったのかもね(笑)」
お母さん「わざわざ言いに来てくれたんだよ。今でも覚えてる」
双子で比較されフラストレーションを感じていた
お母さん「中学後半から高校のときはつかさ、なんというか、さまよってたよね。すごく辛そうだった」
つかささん「あんまり記憶ないなぁ」
お母さん「記憶ないの!? つかさはセンシティブすぎるところがあったから、いろんなことを敏感に感じすぎちゃってたのよ」
つかささん「双子だから何かにつけて比べられることが多かったんだよね。私は学級委員なんかもやってたから『しっかり者でクール』、社交的な妹は『明るくてかわいい』。そのイメージに自分を当てはめようとして無理してた時期もあった」
お母さん「双子だったから周りの人は目印を付けたがったんだよね。例えば『顔が丸い方』とか『身長が高い方』とか。当人たちは相当嫌だっただろうなと思う」
つかささん「うん。言っている方に悪気がないのは分かるんだけどね」
お母さん「だからジヌ(愛犬)を飼ったのは2人の間の潤滑油になればという想いもあったし、つかさの心の拠り所になればとも思ってた」
鬱屈した感情を上手にコントロールできずにしてしまったこと
真面目ゆえの繊細さを持つ、つかささん。それをお母さんも節々で感じ取っていたようです。ちょうど思春期の頃の話題に差し掛かったところで、いよいよつかささんが謝罪を切り出します。
つかささん「さっきママも言ってたけど、あの頃は感情のぶつけ方がわからなくて、ママの服をハサミでビリビリに切っちゃったことあったでしょ?」
お母さん「……うん。あったね」
つかささん「普段着だけじゃなくて、ママの仕事で使うおしゃれ着までダメにしちゃった。あのときは本当にごめんなさい」
お母さん「つかさがそのこと今日まで思いつめてたなんて知らなかった」
つかささん「あのとき、ママ怒らなかったよね」
お母さん「そうだね。しつけに関しては厳しくしてたけど……」
つかささん「うん。ちゃんと挨拶しなさいとか、お礼状はなるべく早く出しなさいとか……」
お母さん「そう。でも、生き方を迷っているときはただ静かに見守ろうって決めてたの」
つかささん「私、ママに構って欲しかったんだと思う。だから正直、怒ってほしかったっていう気持ちもあったよ」
お母さん「うん。それはママも途中で気付いたよ。ただ、母子家庭になったり、また更に環境が変わったりして、悪いことしてたなぁってママも思ってたの」
時間と共に変化した環境と心境
つかささん「生きていたらライフスタイルが変わるのは当然だと思う。その中でうちはお父さんが変わったけれど、それが悪いことだとは思ってないよ。今ではそう思える」
お母さん「そっか……。あの日のこと、過去形で話せる日がくるなんて思わなかった」
つかささん「泣いてるの? 大丈夫?」
お母さん「なんか感慨深くて……」
つかささん「もっとお仕事を頑張って、ママに洋服たくさん買ってあげるからね」
お母さん「うん。ありがとう」
お母さんからもつかささんへ「あのときは、ごめんね」を贈った今回の謝罪。そんな謝罪をきっかけに今まで触れられずにいたデリケートなエピソードは大切な想い出へと姿を変えました。
幼い頃は、硬い髪質だったというつかささん。
20年という長い年月を経てつかささんの髪の毛は柔らかく素直な髪質へと変化していったようです。ひとつにまとめられた真っ直ぐな毛先は、お母さんと自分の心にきちんと向き合おうとする今のつかささんを表現しているようでした。
大人になった今だからこそ、お母さんに「久しぶりに髪の毛結んでくれない?」と甘えてみてはいかが?
背中越しなら、子どものような素直な気持ちで「おかあさん、あのね」と話し出せるかもしれませんよ。
ライター/いちじく舞
写真・編集/高山諒(ヒャクマンボルト)