ああ、自分ってば、今親孝行してるなあ。と、しみじみ思う人っているのだろうか。私にはそれは「今青春してるなあ」とか「今生きてるなあ」と思うのと同じようなことに思える。
青春は青春とはほど遠いところにいるほど認識できるし、生きている事実は死に近づいたときにようやく実感できる。なので、親孝行について考えようとすると、どうしても親不孝なエピソードばかり思い浮かんでしまう。
「あれは悪いことをしたなあ」と思い浮かぶのは、小学校の卒業文集だ。私は作文の中で、母親には触れず父親のことだけを書いたのだ。
母親と不仲だったわけではない。むしろ私は母親にべったりで、どんなに服装の趣味が合わなかろうと、内気な自分の性格が彼女とは似つかなくても、母親と自分は同じ人間だと思い込んでいたくらいだ。
少年のようによく遊んでくれる母親で、まだ仕事ということがわからなかった子どもの頃は、どうしていつも母親と私と弟は3人でいられて、父親は不在なのかわかっていなかった。祖父母が経営する酒屋に生まれたので、家の外で働くという概念がなかったのだ。
それでも父親を軽視/疎外したり、反抗期に気持ち悪く感じたりすることがなかったのは、母親が折に触れて「うちで一番えらいのはパパだからね」と私たちに言い聞かせていたからだと思う。家族が一緒にいられるのは父親が働いてくれているからなのだ、と。だからこそ私は卒業文集の大事な作文に父親のことを書いた。それが同時に母親への愛情を示すことにもなると思っていたのだ。でも当たり前だけど、そこまで複雑な文脈は伝わらなかった。
現に母親は、教室で受け取ったばかりの卒業文集をぱらぱらとめくっている保護者たちの群れから出て来て、「パパのことしか書いてない!」と言った。普段は化粧っ気がなくて、Tシャツとジーンズを愛用している少年のような母は、慣れない化粧とワンピースに包まれて、それだけで窮屈そうだった。でもそれは母のせいでもあるのだった。
卒業文集のテーマは「夢」だった。困ったことに、私には夢がない。眠っているとき以外に見たことがない。それすら近年は睡眠薬を服用しているので見ていないありさまだ。
とりあえず(?)、私は「何かを先にやる人になりたい」と書いた。文集の中でも最も具体性のない夢だったと思う。私の父親はミュージシャンで、日本でポジティブパンクと呼ばれるようなジャンルの先駆けになるバンドで演奏していた。私はミュージシャン志望ではなかったし、具体的に何をしたいわけではなかったのだけど、先駆けという点だけを引き出して、「何かを先にやる人になりたい」と書いたのだった。それに苦し紛れではあるが、人がやっていることに乗っかるんじゃなくて、自分で新しいことをできるのが大人(=夢)っぽく思えたのもある。
それで実際に私がどうなったのかと言うと、高校生で機転が利かないなりに、ハレの舞台で「ラッパー」と答えられる鈍感さを発揮して、地下アイドルとして活動を始めた。その後、弟はもれなくミュージシャンになった。よく血筋と言われるけれど、なんかもう呪いみたいなものだと思う。
そんな弟がいいところまで売れたバンドを活動休止させて立派に就職した今でも、私は地下アイドルとライター業という非常に世の中の動きと隔たりのある仕事でせっせと生きている。
「何かを先にやる人になりたい」で言うと、現役の地下アイドルとして、地下アイドルについての本を出版したことが当てはまるかもしれない。
活動を始めた10年前から、自分が体験してきたことや、見聞きしてきた地下アイドルの世界について一冊にまとめたのだ。地下アイドルが地下アイドルについて書いた書籍はそれが初めてだったと思う。ただ、そのことを夢見ていたわけではないので達成感はないし、それが何か親孝行になっているとも思えない。
弟はと言うと、就職後も週末ミュージシャンとして、父親の代わりに父の所属していたバンドで演奏なんかしていて、ばっちり親孝行している。
でも本当は今、夢がひとつだけある。実家の近くに両親が飲みに来られるような小さな飲み屋をひらくことだ。祖父母が酒屋を畳んでしまった今、また家族で一緒にいながら働ける場所があるといいなあと思う。今度はそこに父親もいられたらいい。どうしても夢と仕事を一緒くたにしてしまうあたり、自分でもつくづく夢がないなあと思うんだけど、酒好きな両親には少しだけ親孝行になるかなと思っている。
姫乃たま(ひめのたま)
1993年2月12日、東京生まれ。16才よりフリーランスで始めた地下アイドル活動を経由して、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業を営んでいる。音楽ユニット・僕とジョルジュでは、作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』等々、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。最新刊は『周縁漫画界漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)
ウェブサイト■http://himenotama.com
文・写真/姫乃たま
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)